メディテレーニアンハーバーのなだらかな丘の上に建つ、美しいルネサンス様式の博物館「ファンタスティック・フライト・ミュージアム」。世界中のパークに存在する大人気アトラクション「ソアリン」ですが、ここ東京ディズニーシー(TDS)のものは、世界で最も重厚な「歴史ロマンと魔法」のストーリーが散りばめられています。
海外版の「現代的な空港やハンググライダー」というSFな設定から、TDS版は「19世紀を舞台にした飛行への情熱と、イマジネーションの旅」というエモーショナルな物語へ180度、驚異的なリビルドが行われました。
| 比較項目 | 海外パーク(米国・上海) | 東京ディズニーシー(日本) |
|---|---|---|
| 舞台設定 | 現代的なハンググライダーツアー | 19世紀の飛行博物館 |
| 飛行具 | アルミと金属の工業グライダー | 木と布とハヤブサが織りなす「ドリームフライヤー」 |
| 案内人 | パトリック(現代の客室乗務員) | カメリア・ファルコ(19世紀の女性飛行家) |
ファンタスティック・フライト・ミュージアムは、空を飛ぶという人類の永遠の夢を称える博物館です。博物館は1815年にオープンし、初代館長は創設者であるカメリアの父親です。カメリアは世界中を旅して飛ぶ生き物を調べ、飛行にまつわる芸術や科学を研究した人物で、S.E.A.(探険家・冒険家学会)の会員に認められた初めての女性として世界に知られるようになりました。のちに父親から館長を引き継ぎ、飛行をテーマにした彫刻や絵画、道具などを集めました。
ソアリンの出発点は、物語ではなく「大勢のゲストをどうやって空に浮かべるか」という、ひとつの工学上の難題でした。当初の構想は「ウルトラ・フライト」と呼ばれていましたが、費用がかさむとして見送られます。代わりに道を開いたのが、エンジニアのマーク・サムナー氏が、玩具の「エレクター・セット」と糸で組み上げた作業用の模型だったと伝えられています。
この模型が示したのは、ゲストを一つの階層で乗せたあと、座席ごと前方のドームスクリーンへ向けて持ち上げるという発想です。三つの階層に分けて乗せる必要がなくなったことで、建設費を大きく抑えられたといいます。いまや世界の4つのパークで愛されるアトラクションの土台は、金属の組み立て玩具とひと巻きの糸から始まったことになります。
映像が映し出されるのは、直径約24メートル(80フィート)、180度の広がりをもつ凹面のドームスクリーンです。撮影はIMAX HDの毎秒48フレームで行われ、2015年の改修で、当初のIMAXの投影システムからレーザー光源のデジタル投影へ切り替えられました。動きの面では、座席の上下動と映像の回転を組み合わせることで、横方向へ進む感覚を生み出しているとされています。
ところが、この「最新の飛行機械」をそのまま持ち込むわけにはいかないのが、1815年創設という設定の博物館です。鉄骨も油圧も見せられない場所で、巨大な機械をどう物語に溶かすのか。その答えとして生まれたのが、カメリア・ファルコの最新にして最大の研究成果、「ドリームフライヤー」という設定でした。
「ソアリン」は、東京ディズニーシーが4つ目の開業地です。同じ飛行体験を共有しながら、舞台となる建物や案内人、そして映像の一部は、パークごとに作り替えられてきました。
| パーク | 名称 | 開業 |
|---|---|---|
| ディズニー・カリフォルニア・アドベンチャー | Soarin' Over California | 2001年2月8日 |
| エプコット(ウォルト・ディズニー・ワールド) | Soarin' | 2005年5月5日 |
| 上海ディズニーランド | Soaring Over the Horizon | 2016年6月16日 |
| 東京ディズニーシー | ソアリン:ファンタスティック・フライト | 2019年7月23日 |
東京版の映像は、海外で上映されている世界巡りの映像をベースにしつつ、パリのシーンが夕暮れの東京と富士山に差し替えられています。フィナーレで飛んでいくのは、ほかならぬ東京ディズニーシーの上空です。ゲストが博物館を出たあと、すぐ目の前に広がる景色へ帰ってくる構成は、ここが「この場所の物語」であることを静かに示しています。
ファンタスティック・フライト・ミュージアムの開館は1815年。創設者で初代館長のチェッリーノ・ファルコは、ザンビーニ家から土地を購入し、「空を飛ぶという人類の永遠の夢」を称える博物館を建てました。ザンビーニという姓は、すぐ手前のレストラン「ザンビーニ・ブラザーズ・リストランテ」にも通じていて、この港の土地の歴史が地続きであることを感じさせます。
チェッリーノの妻ジュリアーナは、鳥への愛情に満ちた人物でした。二人の娘であるカメリアは、幼いころからハヤブサの「アレッタ」を相棒にして育ちました。エントランスの像は、このアレッタをモデルにしたものとされています。のちにカメリアは世界中を旅して飛ぶ生き物を調べ、飛行にまつわる芸術や科学を研究し、S.E.A.に認められた初めての女性会員となりました。
父から館長を引き継いだカメリアは、世界中から彫刻や絵画、道具を集めてコレクションを広げます。その最新にして最大の研究成果が、特別展の目玉でもある「ドリームフライヤー」です。いまゲストが訪れているのは、彼女の生誕100周年を記念した特別展という設定です。
ファンが運営するS.E.A.関連のサイトやwikiでは、カメリアが1851年にS.E.A.の会員となり、その前年の1850年に父の跡を継いで館長になったと整理されています。1851年付けの認定証には書記としてジェイソン・チャンドラーの名があり、当時の会長はヴィターレ・ロブステルリ、認定の場面にはヘンリー・ミスティック卿が居合わせているとも語られています。ただし、これらの年号や人物は、コミュニティの有志が手がかりを突き合わせて組み立てた整理のひとつです。
ソアリンの物語を『タワー・オブ・テラー』と結びつけ、カメリア・ファルコとハリソン・ハイタワー三世の関係を読み解くファン考察があります。ただし、二人の確執や設計図をめぐる対立が、物語のなかで直接語られているわけではありません。
カメリアが飛行への夢を広めようとした人物であることや、ハイタワー三世が独自のコレクションを築いたことを手がかりに、二人の価値観を対照的に見る解釈もあります。いずれも、ファンが想像をふくらませた読み解きのひとつです。
博物館のロビーに飾られた集合写真を、カメリアとハイタワー三世の関係を考える手がかりとして見るファンもいます。ただし、写真が二人の確執を示すものだと語られているわけではありません。そこから何を読み取るかは、見る人それぞれの想像にゆだねられています。
博物館内には、カメリアが日本から訪れたとされる紳士たちを迎える場面を描いた絵画があります。キャプションに記された1872年という年号から、明治初期の日本使節団を描いたのではないかと考えるファンもいます。
この絵には、髷を結った和装の男性と、洋装の男性が並んで描かれているといいます。日本では1871年に散髪脱刀令が出されており、髷を切って洋装に改める人が増えていった時期です。二つの装いが同じ画面に収まった光景を、文明開化のただなかにあった日本と西洋の出会いとして味わう見方もあります。1872年という年は、博物館の開館年(1815年)とは別のものなので、絵に描かれた出来事の年と受け取るのが自然ですが、その意味づけが明かされているわけではありません。
ただし、絵画の人物が岩倉使節団であることや、岩倉具視・木戸孝允・伊藤博文・大久保利通が描かれていることが、物語のなかで示されているわけではありません。特定の人物や年齢を断定せず、展示のキャプションを手がかりにしたファンの解釈として受け取るのがよさそうです。
この絵について、ファンの間ではおおよそ次のように語られています。絵の下にはイタリア語のキャプションがあり、1872年の年号と、日本の紳士を貴賓として迎えたという趣旨の文が書かれているとされます。ただし、キャプションに「使節団」という言葉や人名は見当たりません。「岩倉使節団を描いたものではないか」という説は、先頭の人物の装いや1872年という年代からのファンの推測にすぎず、真相は明かされていません。
博物館の奥へと進むと広がる、息を呑むほどに美しい大天井のドーム型ロビー。ここには、カメリアの父チェッリーノ・ファルコが世界中で集め、描いた「人類が太古より夢見た空への歴史画」が、東洋から西洋、中東の神話に至るまで、ドームを囲むように飾られています。
壁画をよく見ると、神話に登場する「空飛ぶカーペット」や「翼を持った馬(ペガサス)」、ダ・ヴィンチの飛行設計図、さらには空を飛ぼうとする「ゾウ」や「ライオン」の姿など、人類が抱いた空への憧れがユーモアと芸術性たっぷりに描き込まれています。頭上に広がる青空の天井画と、そこに描かれた世界各地の伝承や発明の数々。ロビーを巡る時間は、次の部屋でドリームフライヤーに乗り込む前に、空への想像力をゆっくりと呼び起こしてくれます。
ロビーの中央に据えられたオベリスクには、S.E.A.が大切にする4つの理念、「冒険」「発見」「発明」「ロマンス」を表すモチーフがあしらわれています。大きな壁画に目を移すと、船に乗って空を飛ぶバイキング、羽ばたくゾウ、空を駆ける忍者など、時代も文化もばらばらの「飛ぶ夢」が同じ壁に並んでいます。
壁沿いの絵画は、博物館そのものの年代記でもあります。チェッリーノが開館式でテープカットをする絵(隣の額縁には実物のハサミとテープが飾られているといいます)、黄色いドレス姿の幼いカメリアの絵、起工式や定礎式を描いた連作などが並んでいます。ひとつひとつの絵に目を留めていくと、ロビーはそのまま、ファルコ家の物語を読み進める回廊になっています。
博物館を案内するキャストは、S.E.A.のメンバーという設定です。青緑色を基調にした衣装には、ベストに鳥の羽をモチーフにしたジャカード織りが使われ、ボルドーレッドのアスコットタイには鳥の柄があしらわれています。胸元にはS.E.A.の紋章があり、空を飛ぶ夢への期待感を表した装いとされています。
カメリアの肖像画が飾られた「特別回顧室」で、白黒の絵から彼女が立体的に動き出すあの瞬間。ここにはイマジニアによる驚異的な最新プロジェクションマッピング技術が使われています。単に動画を絵の上に写すのではなく、「油絵のキャンバスに描かれた独特の絵の具の凹凸や筆跡(キャンバスの質感)」を完璧に維持したまま、彼女のスピリットを美しく動かしているのです。
また、彼女が放った愛鳥ハヤブサ「アレッタ」の影が天井を飛び回る演出では、立体的なサラウンド音響と同期させることで、本当にハヤブサの風が頭上を駆け抜けるような「リアルな気配」を五感に訴えかけています。こうした演出では、技術そのものを前面に出すのではなく、ゲストの想像力が自然に広がるよう、精密な映像と音響が組み合わされています。
アレッタの影が部屋を横切り、止まっていた肖像画が動き出すのは、扉が閉まったあとのひとときです。そこでカメリアは自らドリームフライヤーを紹介し、ゲストを次の空へ誘います。博物館で見てきた絵画や展示は、いわばこの瞬間のための長い助走だったのだと気づかされます。
メディテレーニアンハーバーには、時代の異なる物語がいくつも重なっています。南欧の港町を思わせるポルト・パラディーゾ、大航海時代の空気をまとう要塞「フォートレス・エクスプロレーション」、そして19世紀の博物館であるファンタスティック・フライト・ミュージアム。なかでも要塞とミュージアムは、S.E.A.という一本の糸でつながっています。
海の向こうの未知を目指した探険家たちの精神は、時代が進むにつれて、やがて空を見上げる夢へと姿を変えました。ミュージアムの扉をくぐる前に港を一周してみると、「探険」が「飛翔」へ受け継がれていく流れが、エリア全体の景色として見えてきます。S.E.A.そのものの歴史は「S.E.A. Archives」もあわせてご覧ください。
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